エレファントビーチ便り

Archive for June, 2008

Jun 06 2008

海外での独り暮らし

QICのWebコマーシャル第3弾が完成しました!

撮影裏話なども書いていますので、読み進む前に動画を観ていただけると嬉しいです ♪
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海外での独り暮らしの寂しさは、人によって大小あっても、やはり身にしみて辛いものです。とくに大切な家族を日本に残しての単身赴任となると、ついつい食事も不健康なものになりがちですよね…。

今回のウェブコマーシャルでは、第2弾で登場してもらったT.O.さんのご家族に、「日本とカナダで離れ離れで住んでいる」という設定で演じていただきました。日本に住んでいるお母さんと子供達のシーンは、日中の子供達が一番元気な時間帯を狙って撮影しました。

ウェブカメラに向かって会話している雰囲気を出すために、お父さんにカメラの真横に座っていただき、実際に会話をしてもらったのですが、お父さんと 繋がった瞬間の喜びの表情をカメラに捉えるために、お父さんの顔を隠しておいて合図に合わせてパッと現れるようにすると、何テイク撮っても子供達はその度 に新鮮なリアクションでお父さんが現れた喜びを表現してくれて、編集しながらどのテイクを使うか迷うくらいでした。

カナダにいるお父さんのシーンは、夜になって子供達も寝静まり、辺りも真っ暗になってから撮影を開始しました。「独り暮らしのアパート」を演出する ためにピカピカだったキッチンもわざと散らかし、スウェットとTシャツに無精髭で「疲れたお父さん」を演じてもらいました。制作サイドからの色々な要求に も、即座に表現を変えてその通りに演じ分けて下さって、T.O.さんの役者魂に心から感謝しています。

編集で一番苦労した部分は、パソコンの画面と会話しているように見せなければならなかった所。日本の家族のシーンを一度全て編集した段階でその部分 だけを抜き出し、実際にコンピューターの画面上で映像を流してそれを再びカメラで撮影し、スカイプなどのウェブカメラのように見えるよう更に編集を加えま した。

ラーメンの火を消した瞬間に吹きこぼれて、熱線に当たってジューっと音を立てるカットがありますが、これはお父さんが時計を見た瞬間に約束の時間が 過ぎてることに気づいて、心の奥に隠れてた家族への思いが溢れ出した所を比喩的に表現したものです。音楽もお父さんの気持ちに合わせて、少しずつ盛り上 がって行き、クライマックスでピークを迎えるように構成しました。

カナダと日本で離ればなれになっているご家族の再会も、家族揃って日本へご帰国される場合も、心のこもった引越サービスでサポートしてくれる「QIC」。ウェブサイトも是非チェックしてみて下さいね ♪

※QICウェブサイト www.go-qic.com

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Jun 04 2008

カンバーランドで日系人の歴史に触れて

バンクーバー島にある小さな町「カンバーランド」。

バンクーバーからフェリーでナナイモに渡り、そこから車で約1時間ほど北に走ったところにあります。そこは1888年以降にヨーロッパ・中国・日本 からの移民が集まり、炭坑の町として栄えた場所。ここで採れた石炭は非常にクオリティが良く、高い評価を受けていたそうです。当時のヨーロッパ系の労働者 の賃金は時給$2.50〜4.00。日系と中国系の労働者の賃金は時給$1.00〜1.25でした。

しかし、戦争中に日本人およびカナダ生まれの日系人は全員強制収容所に連れていかれ、BC州の内陸やトロントやウィニペグなどロッキーマウンテンよりも東に移動させられました。

(ジャパンタウン跡地。日本から種を持って来て育てていた「ふき」が現在もたくさん残っている)

戦争が終わり、カンバーランドに戻ってきた日系の人達は家族のお墓参りに来て愕然としたそうです。というのも、日本人墓地の墓石は叩き壊されたり蹴 り倒されたりして、めちゃくちゃに破壊されていたからです。現在カンバーランドに2人だけ残っていらっしゃる当時を知る方にお話を伺いましたが、その時の 様子をお聞きし胸が締め付けられる思いでした。

かろうじて残った墓石を集めて並べ直したこともあり、一般的な墓地で見られる様なそれぞれ分かれたものではなく、皆で輪になるような現在の形に整えられたそうです。

この日系人墓地がヘリテージサイトとして認定され、その記念プレートのお披露目として総領事館をはじめ各関係者の方々が集まり式典が開かれました。

来場されていた方々は、それぞれの墓石に記された出身地を見て同郷の方のお墓に特別な親近感を抱いていらっしゃいましたが、私も自分の出身地である 「福岡」の文字が彫り込まれた墓石を目にした瞬間に、船に乗って福岡からはるばる渡って来て、命がけで炭坑で働き亡くなっていかれた姿が頭をよぎり、時代 や状況は違いながらも同じ故郷からやってきた同じ移民であることを思って、切ない思いがこみ上げてきました。

バンクーバーで日系社会が大きく発展していることも、命がけで海を渡ってきたパイオニアの方々の努力の上にあるのだということを改めて思い、今の日系社会に自分ができることで何か貢献していけたらと気持ちをあらたにしました。

この日の式典には、企友会(バンクーバー日系ビジネス協会)の理事の一人として参加させていただきましたが、様々な枠組みを超えて日系社会の横の繋がりや日本とカナダの絆が更に深くなるような企画をこれからの活動の中に増やしていければと思います。

(式典後に開かれたビジネスミーティングの様子)

ビジネスミーティングの内容については、企友会のウェブサイトのビジネスコラムを是非ご覧下さい。

※「企友会(バンクーバー日系ビジネス協会)」www.kiyukai.org

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