3月
17
2012
先月からアメリカのテレビシリーズ「ホーンティング・アワー」のシーズン3の撮影が始まりました。
シーズン2の撮影が終了したのが昨年の11月だったので、実質3ヶ月弱しか経っていなかったのですが、クルーが再会したときにはまるで何年も会ってなかった家族が再会したように喜びの笑顔でハグ&キスの嵐でした(笑)。
シーズン3でも美術の仕事を担当しています。第一話は「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の科学者ドクでおなじみのクリストファー・ロイドが主演で、彼の演技を目の前にしてクルーは大喜びで仕事に励んでいます。
☆☆☆☆☆
プロデューサーとして製作中の長編ドキュメンタリーは撮影がほぼ終了し、現在は監督とエディターで編集作業を進めているところです。
200時間以上ある素材を2時間の作品に編集するわけですが、作業は予定通りに着々と進んでいます。
最近の私の作業としては、平日はテレビシリーズの現場があるので、週末に編集室に足を運んでその週に進んだ部分を観て監督とディスカッションしたり、B-RollやStock Footageなど、インサートで使う映像の確保などを行っています。
非常に力強い作品に仕上ってきているので、公開できる日をとても楽しみにしています。
3月
11
2012
あれからもう1年。
把握できた死者数15,854人、届け出のあった行方不明者3,276人。
避難所にいる避難者578人、避難所以外に避難した人達は17,676人。
この365日は私にとって矢のごとく過ぎ去って行きましたが、被災地で生活されている方々にとっては10年にも値する程長く感じられたのではないかと思います。
考えたらきりがないほど、私達は甘やかされて生きている。
学校や仕事に行きたくないとグチを言う子供や大人達。
レストランでの待ち時間や出て来た料理にクレームを言う客。
歩いていける距離なのに車で移動して渋滞にはまって怒るドライバー。
安全な住む場所があること。
学校や仕事に行けること。
温かい食事があること。
着替える清潔な衣服があること。
そして大切な家族や友人の笑顔が見られて、元気な声が聞けること。
失ってから後悔するのではなく、毎日の生活の中でこの「当たり前」と思われがちな喜びに感謝する気持ちを忘れずにいたい。
3月
16
2011
東日本大震災で被災された方々へ、心からお見舞い申し上げます。
日本観測史上最大の地震と津波に続いて原発事故という、人類の想像を遥かに絶する厳しい状況に置かれている母国の姿を映像で見ながら胸が締め付けられるような思いで祈り続けています。
そして様々な国のメディアがこぞって、いかに日本人が忍耐強く冷静に対応し、助け合いの精神を持ってお互いを支え合っているかを報道していますが、この大災害の中で繰り広げられている温かいエピソードの数々を知る度に、日本人として産まれてこられた事、日本で育ててもらえた事を心から誇りに思います。
津波を受けて3日目に救助された男性の「また再建しましょう!」というポジティブで力強い言葉とその笑顔に、災害発生から全然仕事に集中できていなかった自分の背中をピシャ!っと叩いてもらったような気持ちになりました。
今の私達の恵まれた暮らしがあるのは、戦後の日本を復興させ、様々な災害や苦難にも不屈の精神で立ち向かって来た人生の先輩方のお蔭である事を決して忘れてはいけませんよね。普段は「あたりまえ」だったものが、実は「ありがたい」ものだった事を身の回りの人や物など全てに対して感じています。
昨日のニュースで、『普段はもの静かで頼りないと思ってたお父さんが、定年を目前にしながら福島原発が急募していたボランティアに志願して命がけの仕事に出掛けていった』という記事を読んで、涙が止まりませんでした。
「使命感持って行く」=電力会社社員、福島へ−定年前に自ら志願
なかなか進展しない東電の作業に心配といらだちを覚えていましたが、こうして家族を持ちながら自らの命を犠牲にする覚悟で現場で作業して下さっている方々に、感謝と応援以外するべきではないと心から反省しました。
母国日本の皆さんから、人として大事な事を沢山教えられています。
1月
16
2011
随分久々に更新しています。
2010年後半は怒濤の勢いで過ぎていき、気がつくと最後に更新してから半年以上も経ってしまっていました。
昨年の8月からアメリカのテレビシリーズ「ザ・ホーンティング・アワー」の撮影現場で美術の仕事を担当しています。そのロケ地が全てバンクーバー郊外で行われているため、この5ヶ月間は月曜〜金曜は家に睡眠を取りに帰ってくるだけで、週末はドキュメンタリー映画の撮影を続けるという超過密スケジュールの生活が続いていて、ゆっくり人と会ったり連絡を取り合ったりという事が全然できずに、お世話になっている方々にも随分ご無沙汰をしてしまっています。(この数ヶ月の通勤で1万2千キロ運転しました!)
12月にバンクーバー日系ビジネス協会「企友会」の日系ビジネスアワード・クリスマスパーティがダウンタウンにあるサットンホテルで行われ、本当に久しぶりに皆さんにお会いすることが出来て、沢山のありがたい励ましの言葉を頂き感謝の思いで胸がいっぱいになりました。
さらに嬉しい事に、アワードセレモニーでは『企友会』特別賞を与えていただきました。

(写真:バンクーバー新報より)
頂いたガラス製の美しい盾を見る度に、いただいた温かい応援の言葉を思い出して『頑張らなくては!』とハチマキを締め直しています。
バンクーバー新報にパーティの記事が出ていますので、ぜひそちらもご覧下さい。
バンクーバー新報:日系ビジネスアワードクリスマスパーティ
2011年はさらにパワーアップして活動していきたいと思いますので、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
5月
15
2010
嬉しい事に、私がプロダクション・デザインを担当したウェブシリーズ”The Vetala”がいろんな所で注目を受け始めています。



「2010 Webby Awards」ではディズニーやソニーピクチャーズ等が製作した作品と肩を並べてOfficial Honoreeとして選ばれました!
The 14th Annual Webby Awards – Official Honoree
また、「 Leo Awards 2010」では Best Web Seriesにノミネート。(授賞式は6月)
Leo Awards 2010
さらに「Streamy Awards」では、サウンドデザイナーRandy Kiss氏がBest Sound Designにノミネートされました!
The 2010 Streamy Awards
私もRandyのサウンドデザインは本当に素晴らしいと思います。
まだ”The Vetala”を観た事がないという方はぜひこちらでご覧下さい♪
“The Vetala” オフィシャルウェブサイト
(2011年1月16日追記:この作品は2010年のGemini AwardとLeo Awardを受賞しました!)
4月
21
2010
ドキュメンタリー映画の撮影で、カナダNo.1の貧困街”ダウンタウン・イーストサイド”で行方不明になった69名の女性達に関係のある人達へインタビューを続けている。
そして、ある人物から2006年に引退したバンクーバー市警のAl Arsenault氏に会う事を勧められた。彼が提唱して作った組織「Odd Squad」は、1997年からダウンタウン・イーストサイドのリアルな姿をビデオカメラに収め、全国の青少年たちにドラッグの恐ろしさと真実を伝える活動を続けている。
バンクーバー市警「Odd Squad」オフィシャルサイト
「Through a Blue Lens」「Flipping the World」の2本のドキュメンタリーはすでに見ていたが、Odd Squadが製作したもう一つの作品「Tears for April」を昨日初めて見た。 Aprilという名前の17歳の女の子がドラッグに溺れてダウンタウン・イーストサイドで暮らし始め、25歳のクリスマスの日にゴミ袋にくるまれスポーツバッグの中に押し込められてゴミ捨て場に遺棄されるまでの8年間の彼女とその家族や友人の愛と苦悩を克明にドキュメントしている。また、映画の中ではAprilを含めて計6人のドラッグ中毒およびホームレスの人たちの人生を追いかけていた。
バンクーバー市警のAl Arsenaultは、警察という枠を超えて一人の人間として彼らに心と心で接していく。そしてAlに対して完全に心を開いている彼らも、ダウンタウン・イーストサイドから抜け出し、ドラッグを断ち切ろうと懸命に闘い続ける。 しかし、個人の意志だけではどうにもならないドラッグの強さに屈して過剰摂取で命を絶つものもいれば、家族の強いサポートを受けて完全に立ち直る者もいる。 生死を分けるのはほんの僅かな違いで、ここダウンタウン・イーストサイドでは毎日のように誰かが生死の境を彷徨っている。
(映画 “Tears for April” 予告編)
ドキュメンタリー映画”Tears for April”を見終わって、絶対にAlにインタビューしたいと思った。おとといダウンタウン・イーストサイドにあるOdd Squadのオフィスに行って、彼のプライベートの連絡先をもらって来ていたので、すぐにメールを送った。
するとその数時間後に私の携帯が鳴った。何とAl本人からの電話だった。そして今からだったら次のミーティングまで時間があるから会ってもいいと言ってくれたのだ。
あまりに嬉しくて、大慌てで資料などの準備をしダッシュで(本当に走って)待ち合わせのカフェに向かった。
会った瞬間になぜ皆が彼のことを信頼して慕っているのか良くわかった。彼の人柄の素晴らしさが全身から溢れ出していたから。
それから2時間、様々な貴重な話を聞かせてもらい、私がプロデュースしているドキュメンタリーにもインタビュー出演を快諾してもらった。
その日の夜、膨大な資料の中から私がお願いしていたものを探し出してくれて、さっそくメールで送ってくれたAl。 仕事を抜きにして本当の友達になりたいと思わせてくれる素晴らしい人物に出会えたことに幸せな気持ちでいっぱいだった。
3月
01
2010
閉会式から一夜明けたバンクーバーのダウンタウンは、昨日までのお祭り騒ぎが夢だったんじゃないかと思う程静まり返っている。
3週間毎日一緒に働いて喜びや悔しさを分かち合って来た日本のテレビ局のスタッフの方々のほとんどが今日帰国のため日本に向けて出発された。
一昨日は解説者の方々が最後の日で、お別れのご挨拶をしていると涙が止まらなくなってしまった事もあり、昨日は制作や総務、技術やサポートスタッフの皆さんとのお別れだったので「今日は絶対に笑顔で送り出そう」と思い、みんながバンクーバーを去ってしまう事をなるべく考えないようにしていた。
映画の撮影でもプロジェクトによってはクルーが家族のように近い存在になって撮影を終える時に寂しい思いをする事があるが、今回オリンピックで一緒に働かせていただいたJCの皆さんは、それを遥かに超える過去最高のチームだった。




統括のNHK山本徹治さんとNTV佐々木豊さんがオフィス内にいつも明るくポジティブな空気を作り出して下さり、そのお蔭で現場で働くスタッフも楽しく仕事に集中する事が出来た。
スピードスケートを担当した私は、前半がTBS内野浩志ディレクター、後半がNHK内仲梨枝子ディレクターに付いて仕事をさせていただき、お二人のプロフェッショナリズムに多くの事を学ばせていただいた。実況はNHKの石川洋アナとNTVの藤井貴彦アナ、テレビ朝日の進藤潤耶アナが担当され、解説は黒岩敏幸さんと白幡圭史さん。ディレクターとアナウンサー&解説者の皆さんが本当に温かくユーモアたっぷりで、現場にはいつも笑いが絶えず、でも本番になると150%のエネルギーを注ぎ込み、オリンピックに全てを懸けるアスリート達の感動の瞬間を逃さず日本の視聴者の皆さんにお伝えするために全力投球されていた。そんな素晴らしいチームの一員として現場にいることができ、この3週間は毎日仕事に行くのが楽しみで仕方がなかった。
バンクーバー・オリンピックで得た私にとっての金メダルは、最高のスタッフに囲まれて仕事ができた事。この経験と思い出を胸に、これからも一歩ずつ成長していけるよう頑張って行こうと心に誓った。









2月
20
2010
2月6日から日本のNHKと民放5局が結集した組織「ジャパン・コンソーシアム(JC)」での仕事が始まった。
ダウンタウンに新しく建てられたコンベンションセンターが「インターナショナル・ブロードキャストセンター(IBC)」になっていて、世界中から集まったブロードキャスターの拠点になっている。
仕事始めの日にIBCの中にあるJCのオフィスに到着すると、必要事項が完璧にまとめられた資料集と自分の名前で登録されスタッフ全員の連絡先がすでにインプットされた携帯電話が渡された。
大多数の人がかなりアバウトなカナダで仕事をしていると、そんなきめ細かで徹底した事前準備を目にするだけで
「やっぱり日本ってすごいなぁ」
と感動してしまう。
私はスピードスケートの担当になった。
NHK, TBS, 日本テレビ, テレビ朝日から来られたディレクターとアナウンサーの混成チームに解説者のお二人が加わって、スピードスケートの競技場である「リッチモンド・オリンピック・オーバル」から中継を行っている。
私は放送席での業務がスムーズに進行できるよう、プロダクション・サポートスタッフとして主催者側や担当者との英語での交渉や連絡、情報の収集などを行っている。
普段は皆さん他局で仕事をされているとは思えない程すごくアットホームな雰囲気で、仕事に関しては細部に渡って完璧を目指すプロフェッショナリズムが非常に心地よく、一緒にお仕事をさせていただいて深い充実感を味わう事ができ毎日仕事に行くのが楽しくて仕方がない。
アイスリンクの整氷機が故障してレースが中断するなどのトラブルの中、長島&加藤選手がダブルでメダルを取った瞬間は放送席の横で見ていて思わず感動で涙が溢れた。
(写真:時事通信)
スポーツってやっぱり素晴らしい。
世界の頂点を目指して人生を懸けて闘っている選手全員に心から拍手を送りたい。
メダルに手が届かなくても、ここに来ているだけで本当にすごい事なんだとアスリート達を見ていて実感する。
しかも、1/100秒が明暗を分けるスピードスケートの世界は、知れば知るほど奥深い。
バンクーバーは天候に恵まれず、冬季オリンピックでありながら全く雪が降らず、あまりの温かさに桜が咲き始めている。
開会式前から様々なトラブルが続いていて各国のメディアからバッシングを受けている。閉会式まであと9日。名誉挽回できるかどうか、世界の目が今バンクーバーに注がれている。
2月
05
2010
ドキュメンタリー映画のリサーチのため、朝9時30分にバンクーバーのダウンタウンにあるカフェである女性と待ち合わせをした。彼女は20年以上に渡りダウンタウン・イーストサイドで暮らす人達をサポートするために活動を続けて来た人物だ。
10分前に到着したら、彼女はすでにコーヒーを飲みながらスコーンを口に運んでいた。
今日からオリンピックのための交通規制が始まるので彼女はもしかしたら遅くなるかもしれない…という私の予想は見事に外れてしまった。
再会の挨拶を交わした直後に、通りに目を移した彼女は驚きの声をあげた。偶然にも、10年以上に渡ってダウンタウン・イーストサイドでボランティア活動をしている知人の男性が店の前の交差点に立っていたからだ。
即座に私に状況を説明し、外にいる男性に声をかけに行ってくれた。そしていともたやすく彼の協力を取り付けてくれて、私達の会話に参加してもらえる事になった。
二人から聞いた数々の話に、ダウンタウン・イーストサイドが抱える問題がいかに根が深いものであるのかを思い知らされた。
すでに時計は午後2時30分を回っていた。
5時間も話をしていたとは思えない程、時間はあっと言う間に過ぎ去っていった。
二人から聞いた話の一つ一つが、巨大なパズルの中のそれぞれの小さなピースのように思えて、そのバラバラだったピース一つ一つが5時間のあいだにいくつも繋ぎ合わされ、全貌のほんの一部が形を現してきたように思えた。
ここで今日3人が出会ったことは決して偶然ではない。